延べ1800頭「来店」 メニューはバナナや陸稲
山すその「レストラン」で食事するアジア象(シーサンパンナ国家級自然保護区管理局提供)
熱帯雨林が広がる中国雲南省シーサンパンナのタイ族自治州で、野生のアジア象向けの「レストラン」がオープンし、象たちに好評という。現地を訪ねてみると、「開店」の背景に、象と住民の長くて深刻な葛藤(かっとう)があることがわかった。(シーサンパンナで 牧野田亨)
保護で増加、農作物被害減らす狙い
自治州の中心地、景洪から車で30分ほど。緑濃い山々が続くモウ養(もうよう)自然保護区の中に、切り開かれた広大な山の斜面が見えてきた。東京ドーム約1・5個分の約6万6700平方メートル。保護区管理所の宋軍平副所長(39)は、「ここが象のレストラン。昨夜も21頭が訪れ、バナナをたっぷり食べて行きました」と教えてくれた。
正式な名は「野生アジア象食物源基地」という。象が好むトウモロコシや陸稲を植えて食べさせる。象にとっては、いつでもおいしい食事にありつける屋外レストランだ。
「ミャンマーとラオスに面したシーサンパンナには、中国のアジア象の約8割にあたる約250頭が生息する。住民の約3割を占めるタイ族は、象を神聖な動物として大切にしてきた。
だから、親切にレストランを作ってあげた――という話なら良いが、実際は苦肉の対策だった。
中国のアジア象は国の保護政策を受け、1980年代初めの約170頭から徐々に増えた。一方でシーサンパンナの人口も倍近い約90万人に急増し、熱帯雨林はゴム畑や茶畑に姿を変え、象の生存範囲は縮小した。
その結果、象と住民の生活地が接近し、トラブルが後を絶たなくなった。
象の「レストラン」を指し示す宋軍平・管理所副所長(牧野田亨撮影)
モウ養自然保護区に隣接するモウ満村。岩ヘン村長(43)は、「村の畑がすべて荒らされたこともある」とため息をついた。最近も集落近くのトウモロコシ畑が襲われ、直径30センチほどの丸い足跡がいくつも残っていた。
約300人が暮らすこの村に象が姿を見せ始めたのは、80年代半ば。90年代後半から急に増え、トウモロコシやサトウキビを食い荒らすようになった。保護動物の象は駆除できないため、爆竹を鳴らしたり、火をたいたりして追い払おうとしたが、象はすぐに慣れてしまったという。
世界自然保護基金(WWF)の協力で、畑の周囲を太陽光発電の電気フェンスで覆ったこともある。象は最初こそ電気ショックに驚いて逃げたが、そのうち、木の枝などを押し当ててフェンスを倒す「技」を覚えてしまった。
「彼らは本当に頭がいい。農作物を荒らすのは、決まって作物が熟した収穫期なんだ」と岩村長は半ば感心して語った。
2004年には、落花生を収穫していた女性が象に踏みつぶされ、死亡する事故も起きた。シーサンパンナの国家級自然保護区管理局の楊松海局長(49)によると、91年から08年5月までに州全体で約30人が死亡し、農作物被害も2億元(29億円)を超えた。
「レストラン」は象を保護区にとどめ、こうした被害を減らす狙いで考案された。01年からの実験を経て03年に本格化し、これまで約102万元(約1460万円)を投じて、計5か所に東京ドーム47個分にあたる約220万平方メートルを整備した。
そこを訪れる象は年々増え、07年末までに延べ約1800頭を数えた。農作物の被害額は04年をピークに減少傾向にあり、楊局長は「一定の効果は実証された」と自信を深めている。
ただ、今後も象が増え、熱帯雨林は開発で減り続ける限り、根本的な解決にはならない。楊局長も「長期的に様々な対策が必要だ」と認める。住民の生活向上と自然保護――。その調和に地域は悩んでいる。
(2009年3月27日 読売新聞)